家は針葉樹がほとんどなんですが、どこからかリスや野鳥が持ってきて落としていった種から命を根付かせた庭の落葉樹が落とした枯れ葉が舞う季節。小さいながら作った畑の脇にあるカンポスト(堆肥)がいい感じで土を作ってくれています。自然に戻る有機ゴミは、見ていて気持ちがいいなあ。
中を覗くと顔を出すミミズや小さな虫たちは命を感じさせるエコサイクルの縁の下の力持ち。冬の間は気温が下がりすぎて活動が鈍るんだろけど、思っているよりも早い腐り方には目を見張るものがあります。だからといって豊作になるほどの規模ではないんですが、この「楽しみ」って基本的な我々が必要としているものなんでしょうね。どう思います?
何気ない、こんな自然との会話が喜びを膨らませてくれています。
中を覗くと顔を出すミミズや小さな虫たちは命を感じさせるエコサイクルの縁の下の力持ち。冬の間は気温が下がりすぎて活動が鈍るんだろけど、思っているよりも早い腐り方には目を見張るものがあります。だからといって豊作になるほどの規模ではないんですが、この「楽しみ」って基本的な我々が必要としているものなんでしょうね。どう思います?
何気ない、こんな自然との会話が喜びを膨らませてくれています。

10月末のロッキー山脈はエルク大鹿がメイティングシーズン(交尾期)に入ります。この時期は大きな雄鹿が甲高い声をあちこちで上げ、覇者争いを繰り広げながら多くの若い雄や雌たちを引き連れて群れを膨らませていきます。
今年は平均的な初雪日より2日遅い10月21日に初雪が降りました。山岳部もいい表情が見られると思いロッキー山脈国立公園に向かいました。数百頭のエルクの群れがモリーンパークを埋め尽くす姿はいつものことながら雄大さを感じさせるものがありましたが、単独で行動しながらねずみなどを捕まえるコヨーテの姿が目に留まりました。
特に交尾期の野生動物に近づくことは危険を伴うため600世濃1討鮖遒澆泙靴拭コヨーテは鹿よりも警戒心が強いために構図的には生態系を含めたプロポーションで撮影でき、また残雪がきもちよく散らばっていたのが感動でした。動物撮影用にMZ−Sを使うため慣れないハイテク補正を無視して古来からの(笑)絞りと勘による撮影をしました。
ポジは来週辺りに現像に出そうと思いますが、コヨーテ君はどんな表情で写っていてくれただろうなあ。
写真撮影というのは思った時にでかけるのが一番だと思います。それは、気力が充実しているからなのですが、だからと言って必ずいい作品が撮れるとは限りません。それは気負いだけが先走るからかもしれませんが、実際には自然が様々な変化を常にしており、その中から現れる喜怒哀楽のレベルも様々だからだと思っているからです。そして何よりも撮るのではなく撮らせてもらうという気持ちが大切です。
天気予報や撮影地の状況をできるだけ調べて撮影に出かけるようにしていますが、今日(10月20日)などはロッキー山脈へ行ったのですが一枚も撮らせてもらえませんでした。それは丁度大きなストームが翌日到来する前だったので普段見れない景色を見せてもらえるのではという期待と単に山に入りたいという気持ちがありました。ところが、曇り空で風はありましたが感性を刺激してくれるようなものがみえなかったのです。ですから、撮影せずに去りましたが、そこにいたことは無駄にはなっていないはずです。それは視覚的なものには魅せられなかっただけのことであって、自然そのものの息吹には確かに身を任せていたからです。肌で感じた空気や温度、風。耳に聞こえた樹木の風に揺れる音や動物たちの活動する音。
足を運ぶことというのは単に数を重ねればいいものが撮影できるということではなく、その場所の空気に慣れるということをもって、初めて見えるものが見えてくるのだと信じています。
天気予報や撮影地の状況をできるだけ調べて撮影に出かけるようにしていますが、今日(10月20日)などはロッキー山脈へ行ったのですが一枚も撮らせてもらえませんでした。それは丁度大きなストームが翌日到来する前だったので普段見れない景色を見せてもらえるのではという期待と単に山に入りたいという気持ちがありました。ところが、曇り空で風はありましたが感性を刺激してくれるようなものがみえなかったのです。ですから、撮影せずに去りましたが、そこにいたことは無駄にはなっていないはずです。それは視覚的なものには魅せられなかっただけのことであって、自然そのものの息吹には確かに身を任せていたからです。肌で感じた空気や温度、風。耳に聞こえた樹木の風に揺れる音や動物たちの活動する音。
足を運ぶことというのは単に数を重ねればいいものが撮影できるということではなく、その場所の空気に慣れるということをもって、初めて見えるものが見えてくるのだと信じています。
撮影を重ねている中で自分を通して伝えられるものを少しでも多くの人に見てもらいたいという望みがあります。写真展や写真集、そしてウェブサイトなどで作品を紹介、発表していますが、見て下さる皆さんがいて始めてそれらが「生きる」と思っています。なぜわざわざ文章にして書こうと思ったかというと、それは私が感動してさまざまな場面や表情、瞬間を捉えてきてはいますが、文学において読者がいて始めて著者の意味が伝わるように、写真作品を発表することによって皆さんとつながり、そこで初めて本当の意味がでてくるという実感が日に日に強まっているからです。
ファンの皆さんの気持ちというものは物で測ることはできませんが、大きさがあるともいえず、またその感動の重みを表現できないません。それらは無限のエネルギーを与えてくれると思っています。今後の私の撮影活動において一人で撮影をしているとは決して思えないほど、ご支援下さり、新しい作品の発表を楽しみにしてくれている人たちの気持ちが私と一緒になっていることを感じています。
皆さんが行ったことのないところや、見たことのない自然の表情を私が代表して出向かせてもらっている感覚もあり、一人ぽつんと冬空の下で撮影をしていたとしても、それはエネルギーのレベルにおいては多くの人たちとのつながりをもってやれることだと信じています。そんな気持ちを持って撮影に臨んで行くと、まだまだ深く魅力的なものへと導かれていくような気がしています。
日頃からの皆さんからの応援に感謝しています。
ファンの皆さんの気持ちというものは物で測ることはできませんが、大きさがあるともいえず、またその感動の重みを表現できないません。それらは無限のエネルギーを与えてくれると思っています。今後の私の撮影活動において一人で撮影をしているとは決して思えないほど、ご支援下さり、新しい作品の発表を楽しみにしてくれている人たちの気持ちが私と一緒になっていることを感じています。
皆さんが行ったことのないところや、見たことのない自然の表情を私が代表して出向かせてもらっている感覚もあり、一人ぽつんと冬空の下で撮影をしていたとしても、それはエネルギーのレベルにおいては多くの人たちとのつながりをもってやれることだと信じています。そんな気持ちを持って撮影に臨んで行くと、まだまだ深く魅力的なものへと導かれていくような気がしています。
日頃からの皆さんからの応援に感謝しています。
撮影地に頻繁に足を運ぶことは作品をまとめる上ではとても大切なことですが、それは自然とのコネクションを強めるという意味でも重要だと思っています。特に人気のないところにぽつんと何時間もいると周りの音や風、そしているはずのないものの気配のようなものを感じるようになります。 実際には見えないところでコヨーテや鹿がこちらの様子を伺っていたのかもしれませんが、大自然に身を任せる状態でいると感じるエネルギーのようなものがあります。これは言葉では説明しにくいのですが、大地から湧き出てくるようなものだと思います。
ここ数年通い写真展まで開催させてもらった作品たちの出身地である大砂丘でも、それを感じます。身体を通り抜けるようなエネルギーで、肉体的疲労はあっても精神的充電をしてくれるようなものと感じることが多くあります。今年の初めに次の撮影テーマの1つであるコロラドプラトー(高原) 地域の撮影のために2度ほどユタ州側に横たわる地域に足を運びました。巨大な赤岩があちこちに顔を出し、太陽の位置によって様々な光と影による表情を出してくれる魅力的な世界には理屈なしに引き込まれてしまいます。その中にあるアーチズ国立公園内で夜中に夜空を入れた撮影をしている時に、身体を揺さぶるようなエネルギーを感じました。それは砂丘で感じたそれとはキャラクターの違ったもので、まるで周りの岩の中から湧き出ているようにも思えたほどでした。突然来たので恐怖心が芽を出してしまいましたが、これからまた頻繁に訪問させてもらうこの地域の大地からの出迎えの言葉だったのか、歓迎の衝動的爆発のようなものであったのかは分かりません。
そういえば、このエリアは20年ほど前にオートバイで24時間半2,050キロを走り通した (帰りは1日半かけ2,500キロ走破) 時に、この赤岩の表面に無数の顔を見たことがありましたが、 私にとって肉体と精神に疲労の極限を体験させてもらった貴重な体験でした。その顔たちはこの赤岩の地域だけで見れたのものですが、全てが悲しい顔をしていたように見えました。それらは先住民のそれであって、侵略民族のものではなかったところに、この地域を先祖代々守ってきて近代国家に飲み込まれた多くの種族のことを考えさせられました。疲労による幻覚という意味でいうならば、本当に疲れが出てきたこの日の旅の終わりに近い頃に通り抜けたヨセミテ国立公園で見た多くの動物や人は岩や樹木だったのかもしれませんが、不思議な経験をさせてもらった思いが今もあります。
ここ数年通い写真展まで開催させてもらった作品たちの出身地である大砂丘でも、それを感じます。身体を通り抜けるようなエネルギーで、肉体的疲労はあっても精神的充電をしてくれるようなものと感じることが多くあります。今年の初めに次の撮影テーマの1つであるコロラドプラトー(高原) 地域の撮影のために2度ほどユタ州側に横たわる地域に足を運びました。巨大な赤岩があちこちに顔を出し、太陽の位置によって様々な光と影による表情を出してくれる魅力的な世界には理屈なしに引き込まれてしまいます。その中にあるアーチズ国立公園内で夜中に夜空を入れた撮影をしている時に、身体を揺さぶるようなエネルギーを感じました。それは砂丘で感じたそれとはキャラクターの違ったもので、まるで周りの岩の中から湧き出ているようにも思えたほどでした。突然来たので恐怖心が芽を出してしまいましたが、これからまた頻繁に訪問させてもらうこの地域の大地からの出迎えの言葉だったのか、歓迎の衝動的爆発のようなものであったのかは分かりません。
そういえば、このエリアは20年ほど前にオートバイで24時間半2,050キロを走り通した (帰りは1日半かけ2,500キロ走破) 時に、この赤岩の表面に無数の顔を見たことがありましたが、 私にとって肉体と精神に疲労の極限を体験させてもらった貴重な体験でした。その顔たちはこの赤岩の地域だけで見れたのものですが、全てが悲しい顔をしていたように見えました。それらは先住民のそれであって、侵略民族のものではなかったところに、この地域を先祖代々守ってきて近代国家に飲み込まれた多くの種族のことを考えさせられました。疲労による幻覚という意味でいうならば、本当に疲れが出てきたこの日の旅の終わりに近い頃に通り抜けたヨセミテ国立公園で見た多くの動物や人は岩や樹木だったのかもしれませんが、不思議な経験をさせてもらった思いが今もあります。
私が学生だった頃にUFOという言葉が流行り、未確認飛行物体に対する関心や興味が高まったことがありました。「インベーダー」という番組がテレビで放映され、同名のゲームが流行りだしたのは少し後でしたが今から思えば現在の若者の本能を蝕んでいるゲームブームのさきがけだったように思います。
ここで書こうと思ったのは、そういうことに関してではなく実際に私が見た説明のしようのない「なにか」のことです。私は砂丘のテーマを中心にアメリカ中西部のロッキー山脈を含めた大陸の背骨を中心に撮影活動をしています。最初に「それ」を見たのはホームグランドとして頻繁に通い続けている大砂丘の西側にある保護地区に許可をもらって入った時でした。砂地の水分が凍りついて車で指定道路を走ることができたのですが、帰り道にはまってしまい氷点下18℃の夜を車中で過ごすことになった時のこと。その夜は月が朝1時半頃に沈み、その後の夜空は怖い位の数の星がどよめいていました。そう、私は寒さと狭い車内の窮屈さで眠れなくなり、ときどき外にでては夜空を見上げていた時に不思議な光をみました。それは衛星や飛行機のそれとは違ってまっすぐ流れるように移動しているものではなく、流れるように移動する様子を見ていると突然ジグザグに飛行していました。光が夜空の中をじゃれるように走っては消え、どこに行ったかと思うとまた姿(光)を現しては同様にジグザグに飛び、数分の間私の目を釘付けにしていましたが、最終的には見えなくなりました。
二度目はユタ州のモアブ北部にあるアーチズ国立公園で夜空の撮影をしている時のことです。 夜間撮影をしていた赤岩が林立する地域でのことで、三脚に固定したカメラはバルブで開いたままにして夜空を含めた構図を狙っていました。すると北の空にやたらと明るい「星」が見えたのでそちらを見たのですが、どうも星にしては大きすぎるような気がしたのです。地平線に近い低い空に見えたそれは光の強弱を見せはじめ、右(東)にすっと急に移動した途端に消えました。その光が見えた高さには丘や山はなく、空中にあった光であることは確かでしたが、数百メートルという距離にあったわけではない中、すっと横に流れたことを考えるととんでもないスピードでかなりの距離を一瞬に移動したとしか考えられませんでした。しかも、すっと姿を消していたので、鳥肌が立ちました。超広角レンズによる撮影だったので、光を拾っていないかと後日現像後にポジを確かめましたが、その光のあった位置には不思議なことに何も写っていませんでした。
最後に見たのは9月末に、やはり大砂丘に撮影に行った帰りのこと。Hwy160に向かってHwy150を南下している時に車の右後方から右前方に向けて明るい光が凄い勢いで道路と平行して低空を一瞬のうちに飛んで消えていったものです。流れ星のような光の形が尾をひいて飛んでいったという感じで、飛行機ではあれだけの低空飛行はしないでしょうし、あのスピードでは飛べないのではないかと思えるものでした。そして前方ですっと消えたのは一体何がどうなったのでしょう。
この手の現象は違う次元からまぎれこんでくるという人がいますが、実際にどうだったのかは全く分かりませんが、すでに3回。徐々に近づいてみえているので次が怖いような気がしています。
ここで書こうと思ったのは、そういうことに関してではなく実際に私が見た説明のしようのない「なにか」のことです。私は砂丘のテーマを中心にアメリカ中西部のロッキー山脈を含めた大陸の背骨を中心に撮影活動をしています。最初に「それ」を見たのはホームグランドとして頻繁に通い続けている大砂丘の西側にある保護地区に許可をもらって入った時でした。砂地の水分が凍りついて車で指定道路を走ることができたのですが、帰り道にはまってしまい氷点下18℃の夜を車中で過ごすことになった時のこと。その夜は月が朝1時半頃に沈み、その後の夜空は怖い位の数の星がどよめいていました。そう、私は寒さと狭い車内の窮屈さで眠れなくなり、ときどき外にでては夜空を見上げていた時に不思議な光をみました。それは衛星や飛行機のそれとは違ってまっすぐ流れるように移動しているものではなく、流れるように移動する様子を見ていると突然ジグザグに飛行していました。光が夜空の中をじゃれるように走っては消え、どこに行ったかと思うとまた姿(光)を現しては同様にジグザグに飛び、数分の間私の目を釘付けにしていましたが、最終的には見えなくなりました。
二度目はユタ州のモアブ北部にあるアーチズ国立公園で夜空の撮影をしている時のことです。 夜間撮影をしていた赤岩が林立する地域でのことで、三脚に固定したカメラはバルブで開いたままにして夜空を含めた構図を狙っていました。すると北の空にやたらと明るい「星」が見えたのでそちらを見たのですが、どうも星にしては大きすぎるような気がしたのです。地平線に近い低い空に見えたそれは光の強弱を見せはじめ、右(東)にすっと急に移動した途端に消えました。その光が見えた高さには丘や山はなく、空中にあった光であることは確かでしたが、数百メートルという距離にあったわけではない中、すっと横に流れたことを考えるととんでもないスピードでかなりの距離を一瞬に移動したとしか考えられませんでした。しかも、すっと姿を消していたので、鳥肌が立ちました。超広角レンズによる撮影だったので、光を拾っていないかと後日現像後にポジを確かめましたが、その光のあった位置には不思議なことに何も写っていませんでした。
最後に見たのは9月末に、やはり大砂丘に撮影に行った帰りのこと。Hwy160に向かってHwy150を南下している時に車の右後方から右前方に向けて明るい光が凄い勢いで道路と平行して低空を一瞬のうちに飛んで消えていったものです。流れ星のような光の形が尾をひいて飛んでいったという感じで、飛行機ではあれだけの低空飛行はしないでしょうし、あのスピードでは飛べないのではないかと思えるものでした。そして前方ですっと消えたのは一体何がどうなったのでしょう。
この手の現象は違う次元からまぎれこんでくるという人がいますが、実際にどうだったのかは全く分かりませんが、すでに3回。徐々に近づいてみえているので次が怖いような気がしています。
撮影を重ねているうちに、 大自然に身をさらす回数が増えてきているのは都会の雑踏や人々の邪気の渦から逃れているという意味では大きな恩恵なのかもしれません。見方を変えれば、人間が社会を形成し、集中都市化を近代システムの一部として進めてきたことによって発生している精神的に不自然な、そしてアンバランスなストレスから開放される「空間」に身を投じているようにも感じています。撮影地であるロケーションは人の手が入っているところもありますが、その生態系への配慮がそれなりにされています。ですから、撮影中に生息動物と遭遇する可能性は常にあり、しかしながら人とのそれと違って、彼らは自然の中で最低限の欲望と必要を求めて生きているので協調してお互いを認め合うことができます。
特に2,002年から情熱を込めて撮影活動を始めた私自身を回顧してみると、以前は今に比べて撮影に対しての欲望が強かった時期があったように思えます。それなりの経験を経て、今写真家として思っている必要なことは、自然と対峙する際に畏敬をもった謙虚な心です。「写真は撮るものではなく、撮らせてもらうもの」 これが私の撮影活動における信条となっていることはお分かり頂けると思いますが、生きていることと同様に全てが与えられているものであると感じる時、今まで見えなかったものが見えてきます。それは以前そこになかったものが現れて見えてくるという意味ではなく、ずっとあったものでありながら、自分自身の精神レベルがそれを見れる位置に達してきたという意味です。撮影を修行に例えるならば、私などはまだまだ未熟だと感じていますが、芸術家が死ぬまで修行であると考えるようにこの未熟さは精錬を続け磨きがかかっていくであろう将来においても修行という意味で私の死が訪れるまで続くことだと思っています。
与えられたもの。それは誰もが活かすことのできる大きなギフトだと思っています。
特に2,002年から情熱を込めて撮影活動を始めた私自身を回顧してみると、以前は今に比べて撮影に対しての欲望が強かった時期があったように思えます。それなりの経験を経て、今写真家として思っている必要なことは、自然と対峙する際に畏敬をもった謙虚な心です。「写真は撮るものではなく、撮らせてもらうもの」 これが私の撮影活動における信条となっていることはお分かり頂けると思いますが、生きていることと同様に全てが与えられているものであると感じる時、今まで見えなかったものが見えてきます。それは以前そこになかったものが現れて見えてくるという意味ではなく、ずっとあったものでありながら、自分自身の精神レベルがそれを見れる位置に達してきたという意味です。撮影を修行に例えるならば、私などはまだまだ未熟だと感じていますが、芸術家が死ぬまで修行であると考えるようにこの未熟さは精錬を続け磨きがかかっていくであろう将来においても修行という意味で私の死が訪れるまで続くことだと思っています。
与えられたもの。それは誰もが活かすことのできる大きなギフトだと思っています。
これも2007年春に東京と名古屋で個展を開かせて頂いた時に、感じさせられたことです。いずれも女性のご高覧者からのコメントだったのですが、土地柄による文化の違いがあった東京と名古屋の男性人のコメントとは違い共通したものであったことが強いインパクトとして私の経験の中に刻み込まれています。
東京展示会では35点、名古屋展示会では42点の作品を発表することが出来ました。展示数の違いは各展示会場のレイアウトと展示面積によるものです。テーマが砂丘ということもあり、強い先入観をもって来られた方も多くおられました。 撮影地であるグレイト・サンド・デューンズ国立公園は海のないコロラド州のロッキー山脈の中に広く横たわるサン・ルイス・バレーという巨大な盆地の東側サングレ・デ・クリスト山脈の麓に存在しています。砂丘の近くには海があると思われたり、4,000辰魃曚┐觧魁垢背景にある「異常な」景観に言葉を失われていたようです。そして雪。砂漠は暑いところだという考えや、生き物がいないと思っている方もおられたようです。
私にとって光栄であり嬉しかったことの一つは、心で作品をみて下さった方が多かったことです。中でも涙してコメントして下さった方が数人おられたことは一生の宝になる出来事でした。このような写真展は私にとって初めてのことでしたので、何をとっても発見ではありましたが、特にこれらの方々の存在は「感性」というものの大切さを意味するものとして今後の撮影活動の励みにもなっています。
撮影地を知らない方がほとんどでしたが砂丘の大きさを物理的なサイズではなく異次元のそれに近い感覚で感じられた方、砂の舞う音を感じられた方、画格の外まで感じることが出来た方、色の変化に何かを感じた方、生態系を感じた方、大地そのもののエネルギーを感じた方、など。作品を通して、それぞれの感性に響き渡る何かを素直に感じて下さった方々が、心で作品をみることの大切さと、それによって各々が得るものの力を認識するに至っています。
東京展示会では35点、名古屋展示会では42点の作品を発表することが出来ました。展示数の違いは各展示会場のレイアウトと展示面積によるものです。テーマが砂丘ということもあり、強い先入観をもって来られた方も多くおられました。 撮影地であるグレイト・サンド・デューンズ国立公園は海のないコロラド州のロッキー山脈の中に広く横たわるサン・ルイス・バレーという巨大な盆地の東側サングレ・デ・クリスト山脈の麓に存在しています。砂丘の近くには海があると思われたり、4,000辰魃曚┐觧魁垢背景にある「異常な」景観に言葉を失われていたようです。そして雪。砂漠は暑いところだという考えや、生き物がいないと思っている方もおられたようです。
私にとって光栄であり嬉しかったことの一つは、心で作品をみて下さった方が多かったことです。中でも涙してコメントして下さった方が数人おられたことは一生の宝になる出来事でした。このような写真展は私にとって初めてのことでしたので、何をとっても発見ではありましたが、特にこれらの方々の存在は「感性」というものの大切さを意味するものとして今後の撮影活動の励みにもなっています。
撮影地を知らない方がほとんどでしたが砂丘の大きさを物理的なサイズではなく異次元のそれに近い感覚で感じられた方、砂の舞う音を感じられた方、画格の外まで感じることが出来た方、色の変化に何かを感じた方、生態系を感じた方、大地そのもののエネルギーを感じた方、など。作品を通して、それぞれの感性に響き渡る何かを素直に感じて下さった方々が、心で作品をみることの大切さと、それによって各々が得るものの力を認識するに至っています。
写真雑誌などで よく話され、写真愛好家の中では作品評価の基準の舵を大きく動かす先入観として信じられているものに撮影方法というものがあります。いろいろと細かいことが好きなのが日本の文化というか日本人の島国精神かもしれませんが、基本とその使い方の違いが感性の表現に違いが出ること、そして使い方によっては制約になることに気づかない人が少なくないようです。
絞り優先、シャッター優先という基礎的な表現方法を左右する撮影方法から始まり、レンズ選択がある一眼レフカメラなどの機材を使う時のチョイスによるそれがあります。撮影機材の固定方法としては、初歩的なカメラの構え方、脇の絞め方、そして一脚や三脚の利用などに至りますが、実際に撮影ポイントや撮影場所に到着して自然と対峙した時に何が大切なものなのかとよく考えます。私の場合、撮影ポイントまでに道がない場合が多く、また足場も岩場から砂地と決して歩きやすいところばかりではありませんが撮影をする時の状況を考えてみると、気に入った、または撮らせてもらえる構図が見つかった時に三脚が立てられないこともあります。天候によってはスローシャッターが無理な場合や、強風で三脚固定してもカメラが揺れる場合もあります。単眼レンズを私は愛用していますが、手持ちのレンズに合った構図を捉えるポイントを探す癖がついているので作品撮影のためのアプローチには相性が合っている(自分がその場所を探して出向くことによって捉えられる構図)のですが、三脚は必ず持参するとは限りません。ない時はないなりの撮影アプローチをするだけのことであり、三脚がなくてもいい作品は撮れます。
2007年春に東京と名古屋で個展を開かせて頂いた時に、東京ではある年配の男性がこういうコメントを残されました。残念ながらお名前をおっしゃらず、芳名帳にも記帳がありませんでしたのでお礼のしようもないのですが、眉にしわを寄せて受付にいた私に突然にらむように、こうおっしゃりました。「なんだ、開放で撮ったのか?」実はあとで知人に教えられて知ったのですが「開放で撮る」というのは、実際に光が弱く絞りを開放状態にして目一杯の光を入れて撮影するというような意味ではなく「大判カメラ撮影」の表現で、何も考えずに撮影するという意味があるそうです。この写真展の作品は東京会場においては35点中2点だけが645による中判撮影でしたが、残りの全ての作品は35ミリのポジ撮影によるものでした。この表現自体の意味が分からなかったので、まともに理解して「中には開放に近い撮影をしているものもあります。」を応えたのですが、この御仁は怒り出して「俺の言っている意味が分からないのか!」と怒鳴りだしました。何をむきになっているのかさっぱり分からない私は正直に「はい、全く分かりません。」と真顔で答えました。彼は額に血管を浮き上がらせて何か言葉にもならない声を出しながら、「有難うございました。」と深く頭を下げた私には振り向きもせず消えていきました。35ミリで撮影したものは4x5やそれ以上のフィルムサイズによる大判撮影をした作品に比べるとピントが甘くなります。メディアの大きさの違いによるものですが、果たして足元から前方までの全ての被写体に視覚以上とも思われるシャープな焦点が作品製作に不可欠なのでしょうか?大判写真と勘違いして突然このようなことを言い出したとしたら、35ミリを馬鹿にするなといいたくなる気もしますが、前述のように写真作品というものはピントがどうのこうのというよりも、目に見える映像がどのような見た人の感性へのアプローチをしてくるかによるものだと思います。 シャープなものもいいし、甘いものもいいということです。作者の意図を表現する方法として覚えておくといいでしょう。
同じ写真展の名古屋会場では、40代と思われる男性がある作品を見てこうおっしゃりました。「これは意図的に被写界深度を浅くしているんですか?」その作品を撮影した時は風が強く三脚固定でもカメラが揺れる状態でしたので、シャッタースピードを1/125位にして撮影したものでした。撮影時のコンディションの中でベストな撮影方法をもって作品として捉えられたものでした。「もう少し後ろに下がってみてみて下さい。」という私の言葉に彼はすっと後ろに下がって作品をみることにより私の意図を感じ取ったようでした。 焦点のシャープな手前の草むらに目がいくと、そのまますっと焦点の甘い背景へと目が流れて行く様子をみて彼は私の意味を理解してくれたと思いました。
作品作りとはこういうものだと私は思っています。 東京の御仁は作品やそれを通したメッセージを見にきたのではなく撮影方法を吟味しにきただけでした。額やマットの色などを診にくる方もおられましたが、作品を視に来た方たちのコメントは心からでたもので、頭からでたものではありませんでした。写真展を開催するとさまざまな発見があるという先輩の言葉は確かなものでした。撮影方法というものは、それぞれの個性を表現するためにも自分のスタイルをもってもいいと思います。風景写真においては、撮影地の空気に慣れることが自分を自然体に近づけてくれると思っています。そうすると魅せてくれるものが見えてくるというのが私の写真哲学ですが、堅苦しいものではなく無我になることが私には撮影時のチャンスを見つけるサポートになっているようです。
基本は大切ですが、それに振り回されることなく「作品」というものを考えながら、個々のユニークな撮影アプローチ方法や信念を持つと今まで以上のものが捉えられるかもしれませんし、自分自身の何かの発見に繋がるかもしれません。
絞り優先、シャッター優先という基礎的な表現方法を左右する撮影方法から始まり、レンズ選択がある一眼レフカメラなどの機材を使う時のチョイスによるそれがあります。撮影機材の固定方法としては、初歩的なカメラの構え方、脇の絞め方、そして一脚や三脚の利用などに至りますが、実際に撮影ポイントや撮影場所に到着して自然と対峙した時に何が大切なものなのかとよく考えます。私の場合、撮影ポイントまでに道がない場合が多く、また足場も岩場から砂地と決して歩きやすいところばかりではありませんが撮影をする時の状況を考えてみると、気に入った、または撮らせてもらえる構図が見つかった時に三脚が立てられないこともあります。天候によってはスローシャッターが無理な場合や、強風で三脚固定してもカメラが揺れる場合もあります。単眼レンズを私は愛用していますが、手持ちのレンズに合った構図を捉えるポイントを探す癖がついているので作品撮影のためのアプローチには相性が合っている(自分がその場所を探して出向くことによって捉えられる構図)のですが、三脚は必ず持参するとは限りません。ない時はないなりの撮影アプローチをするだけのことであり、三脚がなくてもいい作品は撮れます。
2007年春に東京と名古屋で個展を開かせて頂いた時に、東京ではある年配の男性がこういうコメントを残されました。残念ながらお名前をおっしゃらず、芳名帳にも記帳がありませんでしたのでお礼のしようもないのですが、眉にしわを寄せて受付にいた私に突然にらむように、こうおっしゃりました。「なんだ、開放で撮ったのか?」実はあとで知人に教えられて知ったのですが「開放で撮る」というのは、実際に光が弱く絞りを開放状態にして目一杯の光を入れて撮影するというような意味ではなく「大判カメラ撮影」の表現で、何も考えずに撮影するという意味があるそうです。この写真展の作品は東京会場においては35点中2点だけが645による中判撮影でしたが、残りの全ての作品は35ミリのポジ撮影によるものでした。この表現自体の意味が分からなかったので、まともに理解して「中には開放に近い撮影をしているものもあります。」を応えたのですが、この御仁は怒り出して「俺の言っている意味が分からないのか!」と怒鳴りだしました。何をむきになっているのかさっぱり分からない私は正直に「はい、全く分かりません。」と真顔で答えました。彼は額に血管を浮き上がらせて何か言葉にもならない声を出しながら、「有難うございました。」と深く頭を下げた私には振り向きもせず消えていきました。35ミリで撮影したものは4x5やそれ以上のフィルムサイズによる大判撮影をした作品に比べるとピントが甘くなります。メディアの大きさの違いによるものですが、果たして足元から前方までの全ての被写体に視覚以上とも思われるシャープな焦点が作品製作に不可欠なのでしょうか?大判写真と勘違いして突然このようなことを言い出したとしたら、35ミリを馬鹿にするなといいたくなる気もしますが、前述のように写真作品というものはピントがどうのこうのというよりも、目に見える映像がどのような見た人の感性へのアプローチをしてくるかによるものだと思います。 シャープなものもいいし、甘いものもいいということです。作者の意図を表現する方法として覚えておくといいでしょう。
同じ写真展の名古屋会場では、40代と思われる男性がある作品を見てこうおっしゃりました。「これは意図的に被写界深度を浅くしているんですか?」その作品を撮影した時は風が強く三脚固定でもカメラが揺れる状態でしたので、シャッタースピードを1/125位にして撮影したものでした。撮影時のコンディションの中でベストな撮影方法をもって作品として捉えられたものでした。「もう少し後ろに下がってみてみて下さい。」という私の言葉に彼はすっと後ろに下がって作品をみることにより私の意図を感じ取ったようでした。 焦点のシャープな手前の草むらに目がいくと、そのまますっと焦点の甘い背景へと目が流れて行く様子をみて彼は私の意味を理解してくれたと思いました。
作品作りとはこういうものだと私は思っています。 東京の御仁は作品やそれを通したメッセージを見にきたのではなく撮影方法を吟味しにきただけでした。額やマットの色などを診にくる方もおられましたが、作品を視に来た方たちのコメントは心からでたもので、頭からでたものではありませんでした。写真展を開催するとさまざまな発見があるという先輩の言葉は確かなものでした。撮影方法というものは、それぞれの個性を表現するためにも自分のスタイルをもってもいいと思います。風景写真においては、撮影地の空気に慣れることが自分を自然体に近づけてくれると思っています。そうすると魅せてくれるものが見えてくるというのが私の写真哲学ですが、堅苦しいものではなく無我になることが私には撮影時のチャンスを見つけるサポートになっているようです。
基本は大切ですが、それに振り回されることなく「作品」というものを考えながら、個々のユニークな撮影アプローチ方法や信念を持つと今まで以上のものが捉えられるかもしれませんし、自分自身の何かの発見に繋がるかもしれません。
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