季節の変わり目の春。どこでもそうかもしれませんが、コロラドの春はあっという間に通り過ぎるようなイメージをいつも持つほど早く、そしてはっきりしません。それでも4月も中旬に入り草木の若葉が芽を出し始めています。
クラブアップルと呼ばれる姫りんごの仲間の樹が桜に似た花を開かせ始めました。昨日は24℃と、まだ冬の余韻を持っている身体には暑くさえ感じる気温でしたが、今日は何と午後から雪が降り出しました。数日前は25センチほど積もって、また暖かくなるということがあり、いわゆるジェットコースター気候が春の名物かもしれません。思えば、私が最初にデンバーに到着した1983年の4月には吹雪の出迎えにあい、ハイウエイをどこで下りたのかさえ分からないような視界の中でした。懐かしい思い出ですが、そのあとも春の天候は不安定で何が起こるか分からない故に、とんでもない光景を見せてくれたものです。
自然とは意思がないようで、ひょっとしたらあるのかいねえと思うこともあります。様々な命を育む地球が、忘れてはならないものを再認識するためのメッセージとして季節の流れを通して伝えようとしているのかもしれません。
ひんやりと外の景色をみていると、みるみる雪が積もっていきます。それでも冬の景色とは違い、すぐに解けて樹木に吸収され、近く新緑で周りが栄えることと思います。夏に向かって、また撮影も楽しみです。
そうそう、今年もペリカンが戻ってきました。近くのチェリークリーク湖では40〜50羽が集まっていました。もうすでに営巣しているのかなあ。また新しい命が生まれ、渡り鳥たちの流れを命の継承を通してつなげていくのでしょうね。
クラブアップルと呼ばれる姫りんごの仲間の樹が桜に似た花を開かせ始めました。昨日は24℃と、まだ冬の余韻を持っている身体には暑くさえ感じる気温でしたが、今日は何と午後から雪が降り出しました。数日前は25センチほど積もって、また暖かくなるということがあり、いわゆるジェットコースター気候が春の名物かもしれません。思えば、私が最初にデンバーに到着した1983年の4月には吹雪の出迎えにあい、ハイウエイをどこで下りたのかさえ分からないような視界の中でした。懐かしい思い出ですが、そのあとも春の天候は不安定で何が起こるか分からない故に、とんでもない光景を見せてくれたものです。
自然とは意思がないようで、ひょっとしたらあるのかいねえと思うこともあります。様々な命を育む地球が、忘れてはならないものを再認識するためのメッセージとして季節の流れを通して伝えようとしているのかもしれません。
ひんやりと外の景色をみていると、みるみる雪が積もっていきます。それでも冬の景色とは違い、すぐに解けて樹木に吸収され、近く新緑で周りが栄えることと思います。夏に向かって、また撮影も楽しみです。
そうそう、今年もペリカンが戻ってきました。近くのチェリークリーク湖では40〜50羽が集まっていました。もうすでに営巣しているのかなあ。また新しい命が生まれ、渡り鳥たちの流れを命の継承を通してつなげていくのでしょうね。
2008年初めに訪れた大砂丘は前日の雪が解けて半塊のようになった砂面が不均等に緩く乾き始めており、風に飛ばされる砂も不気味なほど異様な形で動き回っていたようで決して綺麗な情景ではありませんでした。
そんな光景を目の前にしながら駐車場に車を止めた時には、いつものように無心になって砂丘群に向かって歩き始めました。なんの変哲もない風景、と思えるような静かな景観でありながら、いつも何かを魅せてくれる大自然の懐を歩いていると言葉で説明できないような「力」を感じます。砂丘郡の後方にあった雲が徐々に大きく成長している様子を見ながら麓に向かって歩いているうちに、その雲が背景の4000mを超える山々の姿を隠すほどになっていました。薄っすらと霞んで見えているそれら山々の姿が全く見えなくなった時、砂丘の頂上付近に雲が流れ落ちるように異動してくる様子が見えてきました。冷たい風が肌を差すように押し寄せ、気がつくと頂上付近が徐々に白くなっていくではないですか。
小さな雪の粒が舞い始め太陽の光は遮断され、周りの空気に変化がみられたと思ったら雪の舞い方が激しくなってきました。三脚を握る手がかじかみ、レンズのばれるの動きが重くなってきた頃には吹雪き状態になっていました。それでも後から思い出して感じた「遭難」の恐怖もなく無心で麓に向かいながら撮影を続けました。みるみる内に周りの砂面は新雪で覆い包まれ、普段見慣れているはずの砂紋は雪化粧をほどこされることによって全く違った表情を表しはじめました。
指が動かない。気温は氷点下20℃前後だったと思います。体感気温はそれ以下となりますから、かなり冷えていたようで三脚の雲台には吐息が霜のように白く凍りつき、撮影時に出す指がメタル製のLXのボディーにくっついてしまうことがあるほどでした。そんな気温の中で目も開けられないほど降り当る雪を受けながら撮影を続けられたのは機械式LXの強みだったでしょう。しかしながら巻き上げようとしたフィルムが割れた時に初めて並ならぬ気温の中で撮影していることに気づきました。
30分ほどするとかすかに頭上に青空が見え始め、数分後には流れ去る雲が肉眼で見ることができるほどの速さで、まるで立ちすくむ私の身体を包み込みながら通り過ぎていくようにして消えていきました。そしてそこには数時間ほど前にはなかったとんでもない景色があった、というよりそんな景観の中に自分があったことにただ感動しました。
以前残雪の砂丘の撮影をしたことはありましたが、降ったばかりの景色をいつか撮らせてもらいたいという夢がありました。そんな頼んでもできないような情景が自分の周りに広がっていたのです。自然は畏敬の念を持って訪れるものを決して手ぶらで帰さない。そんな私の気持ちに応えてくれるかのように、100回を超えるであろう訪問のいずれの時にも必ず応えてくれたように、今までに見たことにない情景を与えてくれました。
天候の悪さと条件の厳しさというものがあったため孤立した状態で撮影をさせてもらったのですが、これがこの世のものかと思えるような輝き囁きかけてくる新雪が美しかったです。再び姿を現した夕暮れ前の太陽が照らす砂面は解けることなく輝く雪の結晶のブランケットで包まれた大砂丘は、言葉で表せないような表情をして微笑んでいました。
自然の偉大さとは、その懐の広さと深さだと思います。我々を育んでくれている素晴らしいエネルギーの源。何が起こるか分からない神秘性の中で、何を魅せてもらえるのかを楽しみに足を運び始めて数年になりますが、「まだまだあるぞ、もっと撮ってみろ。」と挑戦状を叩きつけられた気がして私は知らず知らず微笑んでいました。
昨年春に写真展を開いて多くの方がこの大砂丘の表情に感動してくれました。今年4月4日に発売された私の最初の写真集「大砂丘の声」には93点の作品を掲載させて頂きましたが、徐々に評価がでてくると思います。そんな時期に更なる撮影意欲を駆り立ててくれたのは、やはりこの大きな砂丘郡を含む一つの生態系であり、砂漠地帯と呼ばれるエネルギッシュな空間なのだと思います。
2010年に写真展第二弾開催を目指して新たなるステップを踏ませて頂こうと考えています。
そんな光景を目の前にしながら駐車場に車を止めた時には、いつものように無心になって砂丘群に向かって歩き始めました。なんの変哲もない風景、と思えるような静かな景観でありながら、いつも何かを魅せてくれる大自然の懐を歩いていると言葉で説明できないような「力」を感じます。砂丘郡の後方にあった雲が徐々に大きく成長している様子を見ながら麓に向かって歩いているうちに、その雲が背景の4000mを超える山々の姿を隠すほどになっていました。薄っすらと霞んで見えているそれら山々の姿が全く見えなくなった時、砂丘の頂上付近に雲が流れ落ちるように異動してくる様子が見えてきました。冷たい風が肌を差すように押し寄せ、気がつくと頂上付近が徐々に白くなっていくではないですか。
小さな雪の粒が舞い始め太陽の光は遮断され、周りの空気に変化がみられたと思ったら雪の舞い方が激しくなってきました。三脚を握る手がかじかみ、レンズのばれるの動きが重くなってきた頃には吹雪き状態になっていました。それでも後から思い出して感じた「遭難」の恐怖もなく無心で麓に向かいながら撮影を続けました。みるみる内に周りの砂面は新雪で覆い包まれ、普段見慣れているはずの砂紋は雪化粧をほどこされることによって全く違った表情を表しはじめました。指が動かない。気温は氷点下20℃前後だったと思います。体感気温はそれ以下となりますから、かなり冷えていたようで三脚の雲台には吐息が霜のように白く凍りつき、撮影時に出す指がメタル製のLXのボディーにくっついてしまうことがあるほどでした。そんな気温の中で目も開けられないほど降り当る雪を受けながら撮影を続けられたのは機械式LXの強みだったでしょう。しかしながら巻き上げようとしたフィルムが割れた時に初めて並ならぬ気温の中で撮影していることに気づきました。
30分ほどするとかすかに頭上に青空が見え始め、数分後には流れ去る雲が肉眼で見ることができるほどの速さで、まるで立ちすくむ私の身体を包み込みながら通り過ぎていくようにして消えていきました。そしてそこには数時間ほど前にはなかったとんでもない景色があった、というよりそんな景観の中に自分があったことにただ感動しました。以前残雪の砂丘の撮影をしたことはありましたが、降ったばかりの景色をいつか撮らせてもらいたいという夢がありました。そんな頼んでもできないような情景が自分の周りに広がっていたのです。自然は畏敬の念を持って訪れるものを決して手ぶらで帰さない。そんな私の気持ちに応えてくれるかのように、100回を超えるであろう訪問のいずれの時にも必ず応えてくれたように、今までに見たことにない情景を与えてくれました。
天候の悪さと条件の厳しさというものがあったため孤立した状態で撮影をさせてもらったのですが、これがこの世のものかと思えるような輝き囁きかけてくる新雪が美しかったです。再び姿を現した夕暮れ前の太陽が照らす砂面は解けることなく輝く雪の結晶のブランケットで包まれた大砂丘は、言葉で表せないような表情をして微笑んでいました。
自然の偉大さとは、その懐の広さと深さだと思います。我々を育んでくれている素晴らしいエネルギーの源。何が起こるか分からない神秘性の中で、何を魅せてもらえるのかを楽しみに足を運び始めて数年になりますが、「まだまだあるぞ、もっと撮ってみろ。」と挑戦状を叩きつけられた気がして私は知らず知らず微笑んでいました。昨年春に写真展を開いて多くの方がこの大砂丘の表情に感動してくれました。今年4月4日に発売された私の最初の写真集「大砂丘の声」には93点の作品を掲載させて頂きましたが、徐々に評価がでてくると思います。そんな時期に更なる撮影意欲を駆り立ててくれたのは、やはりこの大きな砂丘郡を含む一つの生態系であり、砂漠地帯と呼ばれるエネルギッシュな空間なのだと思います。
2010年に写真展第二弾開催を目指して新たなるステップを踏ませて頂こうと考えています。

多くの皆さんからのご支援を頂き4月4日より写真集「大砂丘の声」が発売となりました。詳しくはこちらよりご覧下さい。
http://www.usa-japan.com/nature/sale/book_index.html
今後共宜しくお願い致します。
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